第十四章 噛む
目の前の美人は、また少し顔の距離を詰めてきた。今、もう私たちの間には三センチもない。サムさんの素敵な、筋の通った鼻が、私の鼻に軽くぶつかる。そして、彼女は丁度いい角度に、ちょっと顔を傾けた。どうすればいいか分からない私は、前に進む勇気はない。それでも、離れたくない。結局、今の位置に止まったままで、目を閉じた。
でも……。
コン、コン、コン!
外から、車の窓ガラスをノックする音がして、私たちは動きを止めた。あと少しだったのに……。
「あと少しだったのに」サムさんは吐き捨てるように言った。薄く目を開けると、サムさんが口を開いて話していた通りに、私の唇を噛もうとしているのが見えた。「あんたの友達、タイミングが悪いわ」
サムさんは私から離れた。そして、車をノックしながら頑張って車内を覗き込もうとしているノップと話せるように、自分側の窓ガラスを下げた。
「こんばんは、サムさん」
「こんばんは」
サムさんは真顔でノップの挨拶に答えた。正直、私はすごく混乱していたけれど、自然な振る舞いに見えるよう頑張った。
「ずっと待っていたの? ノップ」
「ちょうど家からでたばかりなんだ。サムさんの車が見えたから、きっとモンが乗っているだろうって思って」
「そうなんだ。じゃあ……失礼しますね」
サムさんに挨拶をして、車を降りようとした。でも、その瞬間のサムさんの言動で、身動きが取れなくなってしまった。だって、綺麗なその人が、ノップへあまりにもストレートな質問をしたから。