第三十四章 無効
私の心臓が、とても速く鼓動している音が聞こえる。サムさんがこちらを振り返ったらどうしようって、誰もが気配を消して呼吸すら押し殺していた。でも、カークさんの叫び声がその静寂を破り、微動だにしない二人の真ん中へ立ち塞がった。この、女性同士のガチ喧嘩を恐れているとばかりに、すごく取り乱しながら。
「なんで君がここにいるんだ!」
「あなたを取り戻すためよ」サムさんはその女性の代わりに答えた。それから鋭い目つきになってカークさんを見つめた。「イケメンだから、選択肢が多いみたいね」
「サム」
サムさんは嫌悪感を丸出しにして、逃げた。今起きていることに対して、とてもじゃないけど賛成できないって顔を見ただけでも伝わるような感じ。自分の婚約者が、他の人と浮気してたんだから、そりゃショックを受けるよね。
「あたしに触るな」
「サム……君を愛してるよ」
「でも、あたしはあんたが嫌い!」
「サム!」
「ついて来ないで。気持ちが悪いわ」
そう言い切ると、甘い顔のその人はすぐにその場から姿を消した。他の人はまだ残っている上司のことを気にしているみたいだったから、私はこっそりそこから離れて、サムさんの元へ向かった。
「サムさん」
華奢なその人は足を止めて、振り向き私と目を合わせた。その顔は怒りで満ちている。きっとすごくがっかりしたんだ。
「なんであんたはここにいるの? 仕事に戻りなさい」