第三十七章 愛車
サムさんが連れて来てくれたデート先は、私が泣きたくなるほどバンコクから離れている県だった。首都から七百キロも遠い所に行くって、分かっていたら、最初からサムさんを止めていたに違いない。私達は二人で夜中に家を出発して、同じ日の夜中に目的地へ到着した。こんな長い時間移動するなんて。思わずサムさんは運転がとても上手で、持久力もあるんだって尊敬しちゃった。
「サムさん、こんなに運転して、疲れや眠りを感じたりしないんですか?」
「眠くないよ」
「すごいですね」
「でもいやよっ! 歯が痛いもん」美しい顔のその人は私の方を向いて、泣き出す直前の子どもみたいな顔をした。痛みを堪えているらしい。「超苦しいわ」
「でもこんな僻地に来て、一体どこで歯医者を探せばいいんでしょう。とても痛むんですか?」
「とっっても痛い」そう言いながら、その人の瞳からは涙が溢れてきた。「そんな事より、あたしが痛むのはあんたにチューができない事よ」
「あら……ダーリン」サムさんが笑ってくれると思って、わざと甘く呼びかけた。なのに、容姿端麗なその人は口の形をへの字に曲げた。
「イラつかせるような言葉を、使わないで。あたしはあんたとキスができない。キスができないって事は、他の事もできないの」
「私はしてあげられますよ。歯が痛くないから」
「嫌だ! あたしもやりたい。 いや! いや!」
いつの間にかできない事が、私のせいになってるみたい……話題を変えよう。
「ちなみに、どこに泊まるんですか?」
「ヴィラの予約を取ったの。この辺りにあるはず」サムさんは首を伸ばして、ハンドルに顎を置いた。「この辺、暗いね。あ……! あれは人の家よ! あそこじゃない?」