第二章
青虫
ピランティタという女の子の一日の過ごし方は至極単純なものである。
平日は早朝に起き、入浴や支度を済ませるところから始まる。腰にまで届きそうな長い髪を綺麗に束ねた後は、居間へ降りていき、ゴイが用意した朝食を食べる。朝食のほとんどがおじやあるいは、お粥と、簡単な野菜の炒め物や豚肉、魚の揚げ物だったりすることもある。
レディ・ピンとアニン王女は通う学問所が同じだった為、当初、太子様は自分の豪華な車に、レディ・ピンとアニン王女を一緒に乗せて通学させるつもりだった。その学問所は、王宮の中にあり、王族の血縁に当たるご子息だけが通えるところだ。しかし、叔母のパッタミカ王女は、ピンよりも上のアニン王女様と同じ施しを受けるのは正しくないと判断し、太子様のご提案を断って、レディ・ピンには代わりに自身の宮殿、蓮宮にある古臭い唯一のセダンで「チャオケー*」と呼んでいる車を使用させるよう、運転手のプァームに命じたのだった。
しかし……アニン王女は宮殿の門の外で幾度となくレディ・ピンが乗るチャオケーを待ち伏せし、車に乗り込んで、ピンと何度も一緒に通学されている事を叔母様はご存じないのだった。
『アニン王女様、大変恐縮なのですが、なぜこちらの車にご乗車されるのでしょうか。家来のプライおじさんはどこへ向かったのでしょうか?』
アニン王女が何の前触れもなく現れ、すっと後部座席のレディ・ピンの横に座り込むようになってすぐの頃、プァームは全身が震えるほど驚いていた。
『プライおじさんがどこへ行ったのか、私も全然知らないよ。私はただ、テウェート通り辺りを時計回りに三周ほどしてきてね、って言っただけだから』
『私めは、王女様のご命令がわかりかねます』
『プァームは、この車で私も学問所へ通学するという事だけ分かっていればいいの。もしこれ以上質問をするようなら、私の気分を害そうとしたとお父様に言いつけてやるんだから』
王女がそう言い放つと、プァームはもはや疑問を抱くことすらできなくなってしまった。
その日以来、プァームが送迎をする際に、門の外壁でアニン王女が手招いている姿を見かけると……。
プァームには選択の余地もなく、即座に停車するようになった。
アニン王女に対しては何も言えないのである。
叱ろうと、王女がいる方に視線を向けるが……そこには、にっこりと愛らしい笑顔を向けてくるアニン王女が、えくぼまで見せながら立っているのだ。こうなってしまうと、王女を叱るという覚悟も、空の彼方へと消えていき、苦し紛れに体を反対側に逸らして、窓から見える景色に目をやる事しかできない。
何と叱ればいいのやら……。
何のいたずらもせずに、良い子のように静かに座るアニン王女にどうやって……。
王女は、学問所に着くな否や、いつも忽然と姿を消し、気付けばご友人らに囲まれながら歩かれている。この光景はピンにとっては見慣れたもので、朝休みや昼休み、はたまた放課後でさえ、その人だかりは変わらない。
でも、どんなに人々がアニン王女を囲もうとも、レディ・ピンは王女をすぐに見つけ出せる。例え、一瞬であったとしても、視界に入ればすぐ目に飛び込んでくるほど、王女様は目立つのだ。
アニン王女には体の周りには、何といえば良いのだろうーー太陽の光のような、オーラとも言える何かが流れてている。
学問所に向かう時にだけ車に乗ることもあれば、帰りだけ一緒の時もある。
日によって、登下校のどちらでも乗車してくることもあり、アニン王女に絶対という言葉は存在しない。
確実にわかってる事は一つ、アニン王女が一緒に登下校をされた日のピンはとても上機嫌なのである。
レディ・ピンが学問所から帰宅されたら、最も重要な責務が始まる。その責務とは、叔母が用意する課題、王族の血筋を持つ女性らが学ぶ、言わば宮殿内での花嫁修業のようなものだ。例えば、プラムマンゴーを花のように彫刻するリウ*や、他の果物の装飾、薔薇ゼリー、シュウマイの正しい包み方、片栗粉・上新粉・くず粉から作られた皮で魚肉を包んで蒸すカノムペンシップ*の作り方などを身につける。夕暮れ時には叔母のパッタミカ王女が、仏様に奉納するためにジャスミンの花輪を背中が痛むまで編み続けることもある。
始めて間もない頃は、叔母がいつも隣につき、全ての順序を手取り足取り、細部をさらに細かく分解していく勢いで、順序立てて時間をかけながら教えていた。そのせいで、作業をしている最中のピンは重圧を強く感じ、呼吸を忘れてしまうこともあるそうだ。パッタミカ叔母様のお気持ちを損ねてしまわないように、という重圧に。
ピンがある程度までに熟達すると、叔母は今後はゴイ料理長から学ぶように言い、今では蓮宮の前方にある社に籠って、昼頃から日が落ちるまで修行をしている。
しかし、夕暮れ時は、ピンが首を長くして、ひっそりと誰かさんを探している時間帯。
それの誰かさんとは、いつどんなときでも落ち着くことを知らないお転婆さんで、色々な事を理由にピンによくちょっかいを出しに来る方だ。
ある時には、前翼宮の台盤所から食べ物を盗った後に隠れるために来たり、別の日には、やんちゃから出来てしまった傷の手当てを受けに来たり、そのまた別の日には果物彫刻を大人しく学びに来たかと思いきや、彫刻された果物をすぐにたいらげ、ゴイ料理長がその彫刻に助言する隙も与えないのだ。
教材を自ら持参して宿題を教えて貰おうすることなどは滅多にない。
さらに、勉学を教えて貰うなどは表向きなものでしかなく、わからないと言う体を装い、終わることのない問答をレディ・ピンにふっかける為だけにやっているのだ。
アニン王女がことわざの宿題を持参された時は、レディ・ピンが最も苦労した出来事だ。
『山ですり鉢を押し上げるってどういう意味なの、ピンさん』
『それは、自身の能力を上回ることをする、という意味ですよ、アニン。とても頑張らないといけなくて、忍耐力が大事です』
『それって、すりこぎ棒も一緒に持っていく必要もあるのかな』
『いや……教材には書かれてませんでした』
『すり鉢を押し上げれたとしても、すりこぎ棒を持っていかなかったら何の意味も無いじゃない』
『……』
『仮に、その二つを山頂まで押し上げる事が出来たら、その後は何をするのかな。ナムプリック*を作るの?』
『……』
『ピンさん、どうかされたの。どうしてそんなに顔色が悪いのかしら』
アニン王女とその連れ(尚、その連れというのはプリックだけである)がその姿だけでなく、尻尾も見せなかった場合、その日はピンにとってはとても幸せな日だと感じられる。毎日のようにあるうっとおしいこともなく、平和な一日となるためである。
自分自身にそう言い聞かせているものの、時間が流れ、空の色が深い藍色へと変わっても、ピンの視線はいつも二人の姿を探し続けている。
ピンは就寝する前に、叔母が良しと言うまで一緒に仏間で念仏を唱える。
ピンは、蓮宮に足を運ばれたその日からあった部屋が自分の部屋で、その空間が好きで好きでたまらない様子である。
そこは広々とした綺麗な部屋であり、叔母が女の子らしいものを使ってこだわり抜いてしつらえてくれた部屋だ。
この部屋を見れば、叔母が彼女を想っていることがわかるだろう。
心と体の休まる場所を用意してくれたのだ、と心底思わせてくれる。
就寝前には、ピンは明くる日の授業に合わせ、教材を用意をする。準備が終われば最終確認をし、それに間違いがなければ……。
机へ足を動かし、机の引き出しに隠している何頁もある分厚い日記帳に、いつも通り筆を走らせる。
心の中で自分自身と言葉を交わし、表れた気持ちを一つ一つ文字へと起こし、
言葉として書き留める……。
付け足されていく文章は覚えておきたい、もしくは、覚えておきたくない内容のどちらもある。この日記帳に閉じ込められている文章に眉をひそめることもあれば、心を満たす文章と出会った時には、ふと笑みがこぼれ出てしまう。
ピンがそのように日記を書き始めたのは、予期していなかった両親の不慮の事故があった、あの日からだった。
心の奥底を蝕んでいる悲しさや辛さだけではなく、家族との大切な思い出でさえも過ぎ去った時の流れの中に置いてきてしまっていたことに、ピンは気が付いた。ほんの数日前まで存在していた幸せな家族の姿は、ひどくぼやけて遠のいていった。
忘れたくない大切なことを忘れてしまうことは、唐突に訪れた別れよりも辛いようだった……。
寂しい、会いたい、と感じたときに、思い出せればと思うけれど、
今はもう、何も思い出せない……。
それ故にピンは、日記と言う紙の束に、その日起きて感じたことすべてをこれからは綴っていこうと決めた。過去という人生の一括りを思い出し、そのとき感じた事を思い出せるように、と。
今後、もし、また誰かを失うことがあったとしても。
起きた出来事を何でもない紙に綴っているから、たとえほんの一瞬であったとしても、彼女はまた時を遡り過去を歩くことができる。
少なくとも彼女の日記の中で……。
ピンは日記を書き終えた後、いつもの様に日没からそう時間が経っていないうちに床につく……。
まず、手で寝台の上のホコリをしっかりと払う。寝台に上がり、叔母のパッタミカ王女がいつも教えてくれたように短い念仏を唱え、終わった後は合掌しながら頭を枕の上に三回落とす。そして、ようやく体を倒すと、掛け布団を首元まで上げ、いざ眠りにつく。
しかし、ピンは寝ることがとても苦手で、眠りへと落ちるまでにとても時間がかかる。いざ、布団を被ると、色々なことが木々の枝やツタが生え続けるように連想されて止まらない。
本当に眠りにつける頃合いは、ほとんどの場合は夜更けになってしまっている。
レディ・ピンの平日は、いつもこのように代り映えのない生活だ。
とはいえ、休みである土日になったとて、ピンは変わらず早起きをする。お察しの通り、日が昇った後に起きることは叔母が絶対に許さない。ピンは休日になると、少し花の柄が入っいたスカートを着ることもあって、その見た目も相まって可愛らしいのだ。
彼女の休日における重要な任務とは、叔母と一緒に宮殿の外に来られる僧侶に食べ物等を寄付する為の用意をし、その仏教行事が終わり次第、朝食を叔母と一緒に食べることだ。
そんな休日の遅い朝食はいつもより豪勢で、なぜなら、休日に作られる全ての料理を叔母がゴイ料理長に指示しているからだ。
朝食を終えた後、叔母は大抵、宮殿の内外の人とお会いする用事を済ませに行く。
宮殿内の用事は、前翼宮にある主に台盤所の管理で、大切なご来賓やご来客、祝賀会等があれば、叔母が率先してまとめ役を引き受け、皆を満足させる。
打って変わって、宮殿外の用事とは、青物市場や花市場での買い物だったり、かつて同じ後宮で生活をされていらっしゃった若かりし頃のご友人らのところへ足を運ばれることだったりする。
ピンは、時間を持て余すような日には、カノムペンシップやミアンラオ*を作ったり、学問所の宿題をやったり、もしくは叔母の書物庫で本を読んだり、と有り余る時間を有意義に使っている。
しかし、今日は……蓮宮の前方にある社にて、のんびりと辺りを見渡すだけである。
それ以外、ピンは何もする気になれなかったのだ。
彼女はとあることを考え、深いため息をついた……。
とある誰かが、姿だけでなく、その影すらも見せず、辺りはとても静かなのだ……既に数日間も。
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「なぜピンさんはそんなムスっとした顔をしているのですか」
聞き慣れた柔らかい声がピンの耳をかすめた。驚きを覚えた方向に目を向けると、互いの息が掛かりあう距離にアニン王女が顔があり、ピンの心臓はさらに高鳴る。
「アニン……」
ピンは無意識に、自身の身をアニン王女から出来うる限り遠ざける。
異常なまでに速くなっている心臓の鼓動を、王女に聞かれるのではないかと思って、反射的にそうしたのであった。
「いつからここにいたの、アニン。私に一声もかけなかったのに」
「ここに来てしばらく経つわよ。いつになったらピンさんが声をかけてくれるのか期待しながらずっと座ってたんだから」王女は唇を少し開き、笑いかける。それにつられてピンも柔らかい表情で思わず微笑む。
「ずっと待っていればいいわ。その時は来ないから……」そう返事をするピンにアニン王女は少し微笑み、目の前にある濃い色の薄い布が覆いかぶさっているガラスの箱を指さした。
「アニン、これは何ですか」ピンの美しい眉は上へと上がり、疑問の表情がそこに現れる。そして、ピンが瞬きした目を開け、覗き込もうとしたその時、アニン王女が布を取っ払う。
「あ、あおむじっ!!!!」
夾竹桃の枝にしがみつく丸々と育った青虫がガラス箱の中入っているのを見たピンの口から漏れ出た声は、言葉であるかどうかすら怪しかった。その箱の底には新聞紙が敷いてあり、青虫の糞を受ける皿の役割を担っていて、底の上の層には金網が貼ってあり、日々草の葉が満遍なく敷き詰められている。
「アニンは何て遊びをしているのですか」ピンは声を震わせながら問う。
「遊びって何よ……私はいたって本気よ」色濃くも清く澄んでいるアニンのその瞳は輝きを増し、ピンにその本気度合いが伝っていく。
「青虫を飼うのですか。心の準備をしないと」姫はそう言いつつも、表情からは嫌と言う文字が滲み出る。大きく丸みを帯びた幼虫が、小枝から小枝へと這いつくばりながらやる気の無さそうに移動している。
「私は青虫ではなく、蝶を飼っているのよ」
栄養が行き届いている強かな唇からは不満げな声が漏れる。
「このやる気の無さそうな青虫が育ったら、結果としてそこには美しい蝶が誕生するのよ」
「本にはそう記されているのですか」ピンは慎重な面持ちでもう一度ガラス箱の中の青虫を見る。
「そうよ……父の書物庫で見つけた西洋の本にはそう書いてあったわ」アニン王女の声は甲高くなる。「私は、それが本当なのか知りたくて……ソムおじさんが育てている日々草に青虫がいたから、そこから盗ってきたの」
「……」
「あと、この子の餌用に日々草の葉と夾竹桃の枝も忘れずに盗って来たわ」食べて、食べて、食べる事しかしない蝶に食べるものを与えて、アニン王女はどうだと言わんばかりにご満悦のご様子だ。
「アニンはなぜ本の内容を信じなかったのですか」
「信じてないわけじゃない」アニン王女は好奇心旺盛に続ける。「ただ、本当にそうなるのかどうかが知りたいだけ」
「アニンは変な子だよ」アニン王女の肩程までしか身長がないピンだが、年上であるが故に、上から物を言える機会があればその瞬間を逃さない。「でも、好奇心が強すぎるよ、本当に」
ピンはアニン王女が他の誰とも違う人だと良く知っている。誰、という比較対象は、同じ年頃の女の子だけではなく、今までピンが出会われてきた全ての人、大人をひっくるめた範囲でだ。王女は何事にも疑問を持ち、興味を抱く。そして、なぜ存在するのかが裏付けされていない禁止事項や規則に疑問を持つだけに留まらず、また、囚われもしない。
それが、彼女、アニン王女の性格なのだ。
ピンの同世代で仲の良い王女様のご友人は沢山いらっしゃるが、誰一人としてアニン王女に似つかない。
礼儀正しくて魅力的な方々が大半だが、中には床と見つめ合うように頭を下げることで、ようやくお目にかかれるような傲慢な王女様もいらっしゃったりする。そんな中で、どうだろう。アニン王女のようにお転婆でずる賢い王女など見つかる訳もない。
「プリックの方が私よりも知りたがってるわよ」今日は影すら見せてない仲の良い友人の話をし、アニン王女はにっこりと笑う。
「実は昨日ね、プラチョム様が前翼宮で使用人に怒号を浴びせたのよ、腹の虫の居所が悪いみたいな気分で落ち着かないって……プリックはどういう経緯なのかが気になって、首を突っ込んで来て、さらに私にも教えてくれて、そのことを知ったの」
「口を開けば、盗った盗ったって……あなたは本当にやんちゃすぎるよ、アニン」ピンの口から漏れ出る疲れがこもった息。しかし、真の心内では、目の前にいる人物を可愛らしいと感じ、僅かに口角が上がってしまうのを止めれない。
「口開けば、愛している愛してる*って」
アニン王女はピンが口にしたように復唱するが、ロールア*と強くはっきり言い、ピンの発言とは別の単語を言い放つ。
「こういう事かな、ピンさん」
王女は続けて可愛らしい笑みを浮かべる。それを見たピンもどう反応すれば良いか戸惑い、話題をどうにか変えざるを得なかった。
「じゃあ、どういう事なんですか」
「何に対してよ」
「あの青虫ね」
アニン王女は体をくねくねと捩り、笑いながらそう答える。
それを見たピンはお腹を抱えるほど笑った。そんな動きが青虫に見えるはずがないし、全く気持ち悪さを覚えない。
むしろ、可愛いらしさしかない……。
もしかしたら、アニン王女の顔がそう思わせたのかもしれない。眉はまるで絵画のように整っていて、細く美しい。瞳は黒くも、その中は煌びやかさを宿し、目は細長く目尻もキリっとしている。すらっとした高い鼻に、唇はふっくらとしつつも、先ははっきりと尖って見え、頬もハリがあり滑らかで、淡いピンク色の唇にとても良く似合う。さらに、その身体はか弱そうで、やんちゃをして何かに当たればすぐに赤い痣が出てきそうなほどに、身体を覆う皮膚も薄くすらすらしている。
叔母のパッタミカ王女は一度たりとも誰かを褒めたことがなく、褒めることを禁じられているかの様な人だ。そんな叔母でさえ、唯一、一度だけその口を開き、アニン王女を褒めた事があった。アニン王女は「とても」という言葉を幾ら重ねても足りないほど美しく、今までの叔母の人生でここまで美しい人を見たことがないと言わしめるほどに。
「私の顔に何か付いてたりするの」
「そうです」
「ピンさんがずっと見てるようだったから」手で顔の周りを払うのと同時に、眉毛が疑問の形を帯びていく。ピンは、それに気づくや否や、すぐにまた話をすり替えた。
「この青虫は本当に蝶になるのかしら」
「本当よ……でも、成虫になる前にさなぎになる必要があるわ」アニン王女は丸々としたその青虫に柔らかい視線を送りながら、指でつついた。「さなぎから孵ったら、美しい蝶が舞って出るわよ」
「信じられないです。こんなに丸々と太った青虫がどうやってあんなに綺麗な蝶なんかになるのやら」ピンは未だに疑うことを辞めれない。
「だからね……この青虫をここ、蓮宮に預けて、ピンさんに面倒を見てもらうことは出来ないかな」
アニン王女が飼おうとしている青虫を、自身が面倒を見ていくと想像すると、ピンの顔色がみるみる青褪めていく。
「何でですの。何で私めがこの醜い青虫の面倒を見なければならないのですか!」
「ピンさんのところに置いておくのが賢明だと思うの。そうすれば、ここに良く足を運べるし」
そう言うと、王女の瞳はまた煌びやかな光を灯し始める。
「青虫に会いに来るのですか」不貞腐れたように返すピン。
「違うよ……」アニン王女は笑いながら、こう付け加えた。
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「ピンさんに会いに来るのよ」
【第三章 祭り】に続く
*チャオケー……車の呼び名。「お年寄り」という意味がある。
*リウ……正式にはカーンリウ。果物を花の形状に切って加工するもの。
*ナムプリック……シーフードソースの総称。ソース状のものや、唐辛子やハーブを乾燥させた粉末状のものがある。
*ミアンラオ……豚挽肉を砂糖や魚醤で炒め、ラペソーという葉で包んだ料理。味付けにタマリンドソースや生姜、干し海老、玉葱、大蒜などを入れる。
*愛してる愛してる……タイ語で「盗った(ลัก)」はLak、「愛している(รัก)」はRakと発音するため、非常によく似ている。
こちらは『ロイヤル・ピン』配信版です。
無断転載等は一切禁止いたします。詳細はこちらでご確認ください。
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