第二十五章
誕生日
ピンは一週間ほど前から同じ悪夢にうなされていた。
夢の中で……。
アニン王女が黒いスカートを身につけ、お気に入りの淡い灰色のソファに腰かけながら、窓から見える振り続ける雨と、その雨の源である薄墨色の空を眺めている。
そして、ピンは真向かいのソファへと腰を下ろすと、アニン王女の身体は温かい朝日の中の朝霧のようにゆっくりと姿を消していく。ピンはアニン王女が居たであろう場所に腕を伸ばすも、その努力は意味をなさず、その場に残されたものは虚無……絶望から彼女はソファへと崩れ込み、両手に顔を当て大粒の涙を流し続けた。そして、ここまで体験をすると彼女は現実へと帰ってくる。
朝を迎え……。
ピンは、はっと目を覚ますと、額に何粒もの汗を滲ませていた……加えて、彼女の枕はほぼ毎回といっていいほど涙で濡れていた。そして、彼女が意識を取り戻すと、隣に寝ているアニン王女の身体を腕で自分の方へと隙間なく抱き寄せる。
「ピンさん……」不安からアニン王女の身体を抱き寄せると、眠そうで安心できる声が耳元を掠める。「悪夢でも見たのですか」
「はい……」
こう聞かれるとピンはいつも短くそう答え、母を求める赤子のようにアニン王女の温かい胸の元へと顔を寄せていく。身を寄せられたアニン王女は優しい手つきでピンの長い黒髪をゆっくりと撫でながら、汗が滲むおでこに愛情を込めたキスをし、また眠気が誘う夢の世界へと落ちていく。
だが、ピランティタの方は全く眠れそうにない……。
しかし、今夜は一昨昨日や一昨日よりも良かったといえるだろう。アリサー妃が前翼宮でアニン王女を幼子のように接し、朝昼晩だけでなく同じ寝室で夜を明かすようにと命じ、ピンはアニン王女と一緒に夜を過ごせなかった為に、隣は空っぽであったのだから。
アリサー妃がその様にする理由を察することなどは別に難しいことではなく、簡単に想像することが出来るであろう。しかし、ピンは自身を不快にさせるものだとして見て見ぬふりをする。
実際、アリサー妃が抱くお気持ちは彼女と何ら変わらないはずである……。
アリサー妃はご自身の娘と過ごす時間を増やそうと、出来る限りを尽くしているのだ。
一週間前に、プラノットの口から飛び出た英国へと戻るという話から、ピンはもうじき自分の幸せが掴むことの出来ない幻のように目の前から消え去る、という現実を受け入れたくないと思いつつも、刻々とその時間が迫って来ていることを実感していた。彼女はアニン王女にこの話の質問を一度もしなかった。そして、当のアニン王女もこの話題は、より心配を煽り、心に大きな痛みを残すものだと良く分かっていた。
だから、一体何なのかも分からないのに、ピンの感じる不安も限界に達する……。
全ての事象に置ける不安。
そうしない内に直面すること……。
そして、未だ見えぬ遠い未来の事象……。