第二十六章
私を待っていて
「あの時おっしゃっていたじゃないですか、アニン王女。私めにテニスのやり方を教えてくれるって。上手くなれば、昇格して皆さんと同じテニスウェアを着れるって。何で突然、気が変わったみたいに来週イギリスに帰るという話になっているのですか」
今、隣で律儀に正座をしながら鬼気迫る表情を浮かべているプリックを見ると、色々な感情をかき分けて、私の中に罪悪感が湧いて出てきた。私のイギリスに帰る日程が思っていたよりもかなり早かったことに、彼女はたらたらと止まらぬ愚痴を零している。
「私が自分で選んだ訳では無いんだから仕方ないじゃない」私はどうしようもなさそうに答えた。「アナンお兄様はワティ義姉さんと新婚旅行が出来てないって言うから、帰る時にお兄様が私を向こうまで送りに行く訳だし、そのまま流れで新婚旅行まで済ませちゃおうってお兄様たちが考えたからさ」
「どんなに急いだとしても、せめてレディ・ピンの誕生日まではこちらにいるべきだと思います……」プリックのふっくらとしている唇と眉が歪みに歪む。「レディ・ピンもずっと寝たきりになってしまいましたし、今回の衝撃は計り知れなそうです」
プリックの事実以外の何ものでもない言葉は、太く硬い物体で後頭部を迷いなく思いっ切りぶたれるのと何ら変わりはなかった。私は力なく溜め息を吐き出し、今も固く閉ざされている来客用の寝室の扉を見つめることしかできなかった。
プリック自身が悲哀の病気なのだと診断した彼女は、今なおその部屋でぐっすりと寝ている。
私の帰国日を、私の口からはっきりと聞いたピンさんの両目から清純な涙が、あの日の灰色の空から降り注いでいた止まらない雨のように流れ出てきた。ピンさんが慟哭を打って大泣きした姿は、私の脳裏に決して消えることなく深く深く刻まれた。私の意識が遠のいていくことなどがない限り……両目に焼き付いたその光景はずっと私の前に現れては、私の心何度も棒ではたいてくるような痛みを与え続けるのだろう。拳を握らずにはいられない。
簡単に乾くことが無いほど流した涙による疲れから、ピンさんは今日の夕方頃に本当に体調を崩してしまった。
白くか細い彼女の体は燃え上がる火のように赤く熱い……。