第三十五章
私が愛するもの
「今日はどんな風の吹き回しだい、グア君」
桃蓮宮の客座敷で、背筋を伸ばしながら正座をしている年頃の貴公子を見たパッタミカ王女は、少し驚いた様子で口を開いた。
「最近は私がいないところによく顔を出していると聞いているわよ」パッタミカ王女が笑いながら話を続ける。
パッタミカ王女の語尾が少し上がる。そこには、まるで子どもを健気に思う大人のような優しい気遣いが込められていたのだが、貴公子グアキティはそれには気付かなかった。それどころか、かえって本気にした様子で、焦った口調で返事をする。
「そういうわけではございません。おば様がいらっしゃらない時にたまたま来ることが多いだけでございます」
「私はただからかっただけよ。本気にしないでちょうだい、まったく」
パッタミカ王女はそう言いながら、グアの表情や素振りをじっくりと観察した。彼の顔つきは相変わらず男らしく整っており、慣れ親しんできた美しい肌が、ホアヒン旅行の影響で少し焼けているのがわかる。まだ勤務時間中であるにもかかわらず、仕事着のままでこの場に現れたところを見ると、よほど急ぎで伝えなければならないことがあるようだ。
「ホアヒンからの土産物以外にも、何か話したいことがあるのでしょう?」
「おば様の目は本当に鋭いですね。おっしゃる通りです」
「何かあるなら、遠慮せずにお話しなさい。もう少ししたら、台盤所の管理をしに行かなくてはならないからね」
グアをしっかりと見つめながら、パッタミカ王女はお茶の入ったティーカップに手を伸ばし、一口啜る。
「ピンお嬢さまの件で少しお尋ねしたいことがあるのです」グアの声には動揺が滲んでいた。「僕はおば様に……」
「何を尋ねたいの?」パッタミカ王女は聞き返す。
「……」グアはまだ俯いたままだ。
「どうしたんだい、グア君。そんなに焦ってしまって」
パッタミカ王女の問いかけに、グアは恐れを感じて震え始める。
「僕がおば様に聞きたいのは……ピンお嬢さまに、その、婚約者はもういるのでしょうか、ということです」
「いるわけがないだろう」パッタミカ王女は眉を顰める。「何のつもりでこんな話をしたんだい?」
「私は見たのです……」パッタミカ王女から聞こえてくる厳かな声と雰囲気に気圧され、苦しそうになりながらも、グアはなんとか唾を飲み込む。「彼女の左手の薬指にはめられたダイヤモンドの指輪を」